可塑性を一時的に高め、 サリエンス・ネットワーク(SN)を軸に 大規模ネットワークを再編しやすくする。
ケタミン治療の科学(要点)
- 可塑性カスケード:AMPA → BDNF/TrkB → mTOR を中心に、短時間で“学び直し”が起こりやすい状態(可塑性)が開き、スパインやシナプス関連たんぱく質の再編が促されます(個人差・薬剤差あり)。
- ネットワーク再編:SNがハブとなって DMN(内向き)と FPN(実行制御)の切替えが進み、結合の“再重み付け”や脳活動の多様性(エントロピー)上昇が観察されます。
- 臨床的意味:治療後の“学び直しの窓”(24–72時間めやす)に、行動活性化・曝露・再評価・対人交流などを計画して良い変化を“焼き付ける”ことが持続化の近道です。
重要:「改善」は文脈依存です。体験の強さ(解離など)を競う必要はなく、窓の間の行動・支援が鍵になります。
ケタミンはこう働きます(シンプル版)
1) シナプスレベル:可塑性を開く
- NMDAR遮断 → 脱抑制 → グルタミン酸バースト → AMPA駆動で BDNF/TrkB → mTOR が動き、可塑性が急性に高まります。
- これは「若返り」ではなく、しなやかさを一時的に高めること。行動と組み合わせると定着しやすくなります。
2) ネットワーク:切替えと再編
- SN(前部島/前帯)が DMN ↔ FPN の切替えを後押し。
- 視床‐皮質ゲーティングやγ帯域の増強など、情報の通り道と信号対雑音の最適化が起こりやすくなります。
- 解離は効果の必要条件ではありません。
“学び直しの窓”をどう活かす?(実践)
- 当日:4–6呼吸のゆっくり呼吸 ×10、温かい飲み物、15分のやさしい散歩。運転や飲酒・重大決定は控える。
- 翌日:IF–THEN(実装意図)を1つ。「もし7時に起きたら→外で10分歩く」。最小の家事を1つ、朝の光の中で15–30分歩く。
- 曝露/再評価:小さなSTEPから(曝露ラダー)。自動思考→根拠/反証→別の見方を1行で。
- 対人交流:安心できる相手に近況共有。「頼みごと」を1つ決めると続きます。
※ PTSDの記憶想起など長時間の単独曝露は避け、専門家と計画的に行います。
安全性・法規について(日本)
- ケタミンは日本では麻薬指定の薬剤です。うつ病への適応は未承認であり、実施は有資格者・監視・設備の整った医療環境に限られます。
- 治療は薬だけで完結しません。体験と行動(心理支援や行動計画)をセットにすることで、効果の持続可能性が高まります。
- 持病・併用薬により適さない場合があります。必ず診察でご相談ください。
よくある誤解と事実
- 「脳が若返る」?
- いいえ。細胞が若返るのではなく、再編しやすい状態(可塑性)が一時的に高まる、と理解してください。
- 「強い解離が必要」?
- いいえ。解離は必要条件ではありません。むしろ、落ち着いた環境と後の行動計画が重要です。
- 「乱用の薬と同じ」?
- 医療用と娯楽的使用は全く別物です。低用量・医療監視下で安全対策を講じます。
研究と今後の展望
当院では、状態先行(State‑first)の考え方(自律神経の調整 → 覚醒・低用量ケタミン → HRVなどの同一セッション指標)を重視し、“窓”のあいだの行動・学習を支える体制づくりを進めています。具体的な手順や安全対策は、初診時に丁寧にご説明します。
